2018年10月11日木曜日

自浄作用について

Google+がなくなる(縮小?)されるので、あちらに投稿したものを一応Blogerに転載。

2016年4月当時の投稿だし断片的なので流れとかぶつ切りなのだけれど、核の部分の考えはわかるかなと。

自浄作用について


以前こことかブログとかで書いてたが、「自浄作用」を突き詰めると、程度の差はあれど本質は「私刑」と同義だと考えてる。

「私刑だからだめ」とかではなくて、なんというか、キレイなものではないよね、という話。

どういう結果をえるために、どういうことをするのか。

・収入源を断つようにして、相手を廃業に追い込むのか。
・業界有力者の会合に相手の社長を呼びつけて、念書を書かせるのか。
・圧力を見せつけた上で、自主的にルールを守らせるのか。

相手がゲスで面の皮が厚ければ厚い程、致命的な結果を目指さねばならないし、そうなると私刑の色はより濃くなる。
やるなら初撃で致命傷を狙う、とか。

なので、この辺から目を反らしていると改善はされんだろうなぁと思う。


補足


2016年12月の「暖簾に腕押し詮無きこと」の記事でこの件にはボカシて少し触れていたけれど、これがボカしてた部分。

「雨は嫌だ。晴れたらいいな。」と天気が変わるのを待つようなことと同じ仕組みで自浄作用が働く可能性は低く(0でないけれど相応に低いはず)、誰かが何かを行う必要がある点をうやむやにするのは違うのではないかなと。

この「誰かが何か」を具体的に考えた際に、「対象に金銭や法的な損害を与えうる人や企業」が「私刑や村八分などを個人あるいは集団で行う」ことであるはず(それ以外で実効力のある自浄作用があるのなら別だけれど)。

自浄作用を願うのことはこの「私刑や村八分などを個人あるいは集団で行う」ことを願っている訳で、言葉を変えると「自浄作用が必要=法で裁かれる前に私刑で潰す」という結構な暴力的要求になり、そういう要求をしているという認識はあった方がよく、綺麗事ではない。

という趣旨で投稿していた(と思う。結構前なので違う所あるかもだけど)。

2018年7月2日月曜日

尊敬とか妬みとか

あまりこういうのは書いていませんが、最近はイラスト作成などがあり以前の感覚を思い出すことも多かったので少々。

尊敬と妬み


SNSなどでは「常に他人をリスペクト。前向きさだけが必要で、後ろ向きな発言はダメ。」のようなのを度々見かけます。

人それぞれなので基本的にはどうでもいいのですが、この辺を他人にも押し付ける感じで「あの人は後ろ向きなことよく言ってるよね」的なことを見かけるとさすがにおもうところはあります。

あくまで私個人の話ですが自分より凄い人を見たら「凄い!」と同時に、「自分でもこれぐらいできるのに」とか逆に「自分にはなんでこれぐらいできないんだ」とか考えて「妬ましい」となるのはごく普通です。

それがモチベーションになって何らかの向上をもたらすこともありますし、単なる妬みで終わることもありますが、このような「結果がどうであるか」はそれほど重要だとも思えません。

他方、他人と比較するなという話もありますしそういうのもわかりますが、そういわれたからといって感情を抑制するのはどうなんだという感覚です。

妬みから相手を傷つける「行動」を起すのは色々な意味でダメですが、妬みそのものを抑制するとなると話は別でしょう。

...とここまで書いて、なんだか以前にも似たことを書いた気がしてきました。

ので、中途ですがここで終わりです。

2018年1月15日月曜日

ディエンビエンフーの双葉社版と小学館版の違いに関して

興味があったものの調べてもいまいちわからず、しょうがないので思い切って買って読んだのでメモとして。

テーマは、双葉社と小学館で出ているディエンビエンフーの内容に関して。

2017年12月8日金曜日