2010年6月29日火曜日

宗教と道徳の寄り添う関係 その2

スポンサーリンク

宗教と道徳の寄り添う関係 その2です。
前回は宗教と道徳が密接に関わっている社会での事を書いてみました。
キリスト教徒やイスラム教徒は当然遊びで信仰心を持っている訳ではなく、生活の規範を宗教に求めていました。
そして、道徳心は宗教上の規範に添うか添わないかである事も書きました。
もちろん、時代により宗教との関係性(依存ともいえますが)の強さも変わるので、現代が中世と同じ状況だとはいえません。
しかし、間違いなく基礎として抱えているはずです。

さて、今回は宗教と道徳の結びつきが無い、あるいは弱い社会について考えてみます。


宗教以外の道徳の基礎


道徳の基礎が宗教でない場合は何が基礎になるのか?

イロイロ考えてみたのですが、教典のない宗教ともいえそうです。

ただし、キリスト教などの宗教とは根本的にちがう点が有ります。
それは、宗教の最上位に神を置かない事です。

具体例を挙げると、儒教や村社会等の社会体制そのものです。

いずれも、人が主体であり神からの啓示はあり得ません。
どちらも人間同士や自然とのかかわり合いの中で醸成された道徳です。
ひらめきや偶然性もあったでしょうが、そこにアラーや仏陀は関係ないわけです。

日本の道徳の基礎


ここで、日本の道徳の基礎を考えてみます。

日本には神道がありますが、神道は海外の宗教とはちがいガチガチの宗教ではありません。
くわえて、一部の関係者が深く関わるだけで、一般の人はその関係者に関わる事で接するに過ぎず、信仰が生活に根ずく事は無かったのではないでしょうか?

他の要因として、儒教の影響が有ります。
儒教は思想ですが、中国のように社会的基礎となり得た宗教に近いものです。
政治の都合上広められたものではありますが、仁愛などの思想は日本人にも馴染みやすかったのでしょう。
しかし、良いとこ取りのようにつまみ食いしている感が否めません。
結局、どっぷりというものでは無かったのでしょう。

仏教も同様で、日本に伝わる時点でオリジナル(どれがオリジナルかという問題は有りますが)から離れており、日本で広まる際にはさらに細かく分かれてしまいました。
ただ、それだけに地域地域で根付いた事は確かです。
近所にお寺はありませんか?
以外と有るはずです。
少なくとも、立てた当時は根付いていたのでしょう。
しかし、それも時代の流れにあらがえず形骸化しています。
自分の所属する宗派が有り、その宗派の経をそらでいえる人間がどれほどいるのでしょうか?

結局、日本人の肌に合わないのかいずれも中途半端で、かといって影響を受けない訳でもないと言う状況が続いています。

その上で、何が基礎になるか?

その答えは、社会が基礎であるといえると思います。

道徳の基礎は社会


宗教が根付く社会では、宗教と社会が密接であり、宗教=社会=道徳であるとさえいえます。
しかし日本の場合は基礎に宗教がないので社会=道徳でしかありません。

もっとえいば、人間同士の関係性を密接だともいえます。
例えば、恥と罪という考え方があります。

この考え方を適用すると、宗教を基礎とした社会では、悪事を働く際に罪を感じます。
罪は信仰への罪悪感であり、体の中からわき上がる感覚です。

宗教を基礎しない社会では、恥を感じます。
他者かという具体的な存在にどう思われるかを考え、体の外から与えられる感覚です。

どちらが日本人の感覚に近いかと言えば、明らかに恥でしょう。
この点からも、日本人の道徳の基礎は宗教ではなく人間関係や社会にあるといえます。



日本人へのアプローチ


さて。
前述のように人間関係や社会に道徳の基礎を置く日本人へアプローチするために、最も効果がある方法がすでに提示されている事にお気づきでしょうか?

それは、人間を動かす事です。

与えたい影響とはかけ離れたどんな方法でもよいので、まずは一部の人を動かします。
その人々の影響力を利用すれば、簡単に流れが作れるでしょう。
なぜなら、日本人は人を見て行動してるからです。
道徳についてここまで書いてきましたが、社会の基礎という全体に対してもこの事はいえるのです。

であれば、行うべきはターゲットを直接狙うことではなく、周辺のその他大勢を狙う事により間接的に動かす事です。
そうすれば、人を見てターゲットも動くでしょう。
その際、それぞれ得意分野を活かして動かすべき周辺を選べば、コストをかけず有利に展開をすすめられるでしょう。


ここに書いた事は私の主観的な考えではあります。
しかし、道徳と宗教等と言うテーマを考える事が無駄ではないと、おわかりいただけたのではないでしょうか?

ビジネスを成功させる為にビジネス以外の事を考える。あるいは学ぶ。

ベストではないかも知れませんが、ベターな方法である事は間違いないでしょう。

スポンサーリンク

0 件のコメント :

コメントを投稿