2010年8月3日火曜日

文章の書き方:覚え書き

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最近意識しているつもりで見失っていた、文章の書き方についての覚え書き。
いろいろと考えて詰め込んで、削って足して、また削って。
過程はいろいろなのですが、根本が揺らいでいるとダメですね。
自戒を込めての覚え書き。



立脚する土台


自分自身が文章を書く際の土台と定めたのは、作文の書き方。

学生時代はとんと論文・レポート・作文に縁がなかったため、本を読んでの独学です。
採点や批評を受けていない点が恐い所だと思っています。

「本を読んで勉強した」という本の中で、記憶に書名や装丁まではっきりと覚えている本は下記の一冊。


この本は昔、とある方面の恩師から読めと言われてお借りした本です。この記事を書きながら、また読みたいので買おうかと考えています。

さて、覚えている範囲では、この本は看護学生の為の本だったはずです。
ただし、対象が限られる訳ではなく、一冊を通しての具体的な一つの状況を設定しているに過ぎません。
看護学生じゃないよ!という心配は全く不要です。

内容的には添削の要素が強く、学生の書く文章の善し悪しが淡々と書かれていました。

誰も君の思うところなど求めていない


記憶を頼りに書いているので、歪曲しているかもしれませんが...。
本の中に、「誰も君の思うところなど求めていない」という趣旨の添削がありました。
本文中で添削される作文は、もともとレポートとしての側面が強くそれ故の言葉です。

具体的には、

  • 必要なのは具体的事実
  • 「思う」ことを書く必要はない

というような指摘だったかと。

要求に対して必要な事を必要な形で提示することは、文章の意図や背景に関わらず大切な姿勢ではないでしょうか?

断定せよ


曖昧さを好むのが日本人。
しかしビジネスや学校での文章には、曖昧さが歓迎される事はあまりありません。
必要なのは事実と具体的な事項なのですから。

本の中では曖昧に書いている添削対象の文章に対し、断定せよと言い切ります。
間違っているかも?という内容を断定する事には問題がありますが、曖昧さを読者に提示しても有益ではないからです。
事実に基づいた上で「こう考える」「こう思う」のであれば、その内容を書き手の事実として断定的に書けという訳です。

この方法はとても重要で、特に説得力という点において比類のないものです。
「この商品はおいしいとおもいますよ!」というコピーよりも、「この商品はおいしい!」の方が説得力があるはずです。

曖昧さはリスク管理を考えると一見有効に見えますが、多くの場合マイナスに働きます。
曖昧にしている所を都合のいいように押し込める反面、逆に押し込まれる事になるからです。
そして、実際に押し込まれる事は多いはずです。
理不尽なクレームの処理でクレームを受けた側が押し込まれる場合は、曖昧な部分を狙われた事が理由ではないのでしょうか?

断定するリスクと曖昧にするリスク。
天秤にかけて考える価値は充分にあります。

結び


記事を書きながら、自分の記事が冗長であると改めて痛感しています。

もちろんブログの全てが、この本のように無駄の排除を優先するべきだという事ではありません。
しかし、気をつけるべき時に気をつけていないのであれば、緩み過ぎた文章となってしまい読み手を満足させる事はできません。(←こういう部分で、出来ないと思います。と書いてしまいやすい)

今後は、もっと絞るところは絞るように意識を高めるつもりです。


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2 件のコメント :

  1. いつも楽しく観ております。
    また遊びにきます。
    ありがとうございます。

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  2. コメントありがとうございます。

    またきて頂けるとの事、嬉しい限りです!

    返信削除