2010年8月4日水曜日

書籍の電子化に対する概念の変化

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書籍の電子化に対する概念の変化をごく簡単に。
複雑な問題ですが、今回はそういえば昔そうだったかな?的な話です。

昔といっても10年ぐらいなので、昔と言う程遠い過去ではないのですよね。
技術革新が早すぎて、あの頃の視点は陳腐化しています。



書籍の保存から見る電子化


図書館等に限れば、電子化と言う問題は物理的で膨大な蔵書冊数からの解放を意味していました。
もちろん保存の点からも重要で、スローファイヤー問題(古い書籍の紙は酸性のため、酸化による劣化が怒る問題)のように紙の劣化問題からの解放でもあります。

機械で全世界的に誰でも読めるように、という意図はほとんどなかったように記憶しています。
特に日本では狭い図書館界の中での問題意識であり、利用に関しても物理的な図書館での利用がもっぱらでした。

そんな中、電子化の方法の中心は画像ファイルでのデータ保存でした。
テキストデータ化の必要性を唱えた人もいたはずですが、基本的にtifやjpg等で保存する事が主流でした。
データ検索はテキストではなく、各画像に付与されたメタデータを用いて行い、とても図書館らしい方法を指向しています。

特に、保存環境が悪い所為で読めなくなってきたマイクロフィルムやマイクロフィッシュを、電子化という目的に照らし合わせ、そのまま画像データ化したあたりは特徴的な出来事でしょう。
ちなみに、こういう場合の保存メディアはCD-ROMでした。

もっとも、保存環境さえ整えられれば100年は持つマイクロフィルムと違い、数十年で劣化するメディアへの記録にいかほどの価値があったのかは疑問です。
当時の状況を考えれば仕方が無いとはいえ、保存と利用という行為を人間の視点で捉える事が出来ていなかった事は明白でしょう。

例えば、国立国会図書館の近代デジタルライブラリー
ここに収録されている資料の中から、必要な部分を探せなければ何の為の電子化なのか分かりません。

利用を考えない保存事業としての電子化で留まった事は、罪とすら言えるのかもしれません。

現在の電子化


現在はPDF等の一見画像だけれどもテキストとしても扱えるデータも一般的であり、その他の電子化の手法も多岐に渡ります。
ただ、現状で電子化と言われる際には、何らかの物理的に独立したメディアに記録して保管するのではなく、サーバー等の回線で接続された場所にためて行く方法が基本になっています。

この場合でも問題に感じる点があります。
ハードディスクの寿命が長くないでしょうし、次々とデータを移し替えていくにしても劣化がゼロであるとは考えられません。
実際、電子化を進める場合にどこにどうやっていつまで保存をするつもりなのでしょうか?
いまいち分かりません。

現在は流通にのせる事が優先されていますが、保存と未来での再利用に視点を移した時に問題となる点の解決策はあるのでしょうか?

例えば、

  • 100年後に利用できるのか?
  • 現在流通しているデータはどこかで長期保存できているのか?
  • 長期保存されたデータが改変されていない保証をつけられるのか?

などです。
もしかしたら全てに対しての答えがどこかに出されているのかも知れませんが、把握している限りでは現実的な案だと納得できる案はありません。



結び


結局の所、行き着く先はいつも同じです。

何の為の電子化なのか?

以前の図書館界での電子化は失敗しました。
図書館界と言う狭い世界ではない、広い世界での電子化であれば道は開けるはずです。

しかし、確立された手法が有益かどうかは「何の為の電子化なのか?」という問いへの明確な答えがあるかどうかにかかっています。
そうでないならやはり、失敗となるでしょう。

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