2010年10月2日土曜日

かわいそうな色の話

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色についての話。

先日の記事で、色は物体に反射した光を見ているのだと書きました。
この事を擬人化して情緒的に捉えてみます。

ごくごく軽いお話です。


色の認識


まずは色の認識について。

自然物や人工物に限らず自ら発光していない全ての物体は、光を部分的に反射しています。
人間は眼球奥の視細胞にある「錐体細胞(すいたいさいぼう)」によって、この反射光から色を感知します。

反射されない光がどうなるかと言えば、その物体に吸収されます。

つまり、物体そのものの色を見ている訳でなくて、物体に反射した光を見ている訳です。

月に例える

分かりづらい場合は、月をイメージしてください。

月は自ら輝く恒星の様に見えますが、別に発光している訳ではありません。
太陽の光に照らされて見えるだけです。

そのため、光が当たらない部分は暗くなり、見えなくなります。

太陽光を反射しているからこそ月は黄色や白色にみえますが、太陽光が無ければ真っ暗で何も見えない。
身近な物体も、原理は同じです。

色を情緒的に考える


無生物に人格も思考もありません(確認はされてません)が、色を考えるとなかなかに豊かな表情を見る事ができます。

見られている色は嫌いな色

前述で、あてられた光の一部を物体が反射させた光が、色として認識されると書きました。
そして反射されない色は吸収されると。

あらゆる物を擬人化して考えるならば、物体が拒絶した色を周囲が見ている訳です。
結果として本人が望まない色こそが、周囲からはその本人を表す色だと理解されてしまいます。

皮肉な話ではないでしょうか?

自らが受け入れた色は外からは見えず、必要が無くて拒絶した色が自分の色だと周囲に思われるのですから。

どれほどいやがっても、本質(物体の構成要素)が変わらなければ周囲の見方はかわらないのです。

色が周囲に影響される

色は反射した光であるために、照射された光源によって影響が出ます。

悲しい事に、自分から色を変えられないのに、周囲から投げかけられる光の種類で色を変えられてしまいます。
自分の本質が変わらなくとも、見えるすがたは強制的に変えられてしまうのです。

周囲がいないと自分が無い

自ら光り輝く物体は別ですが、それ以外は光源が無いと姿が見えません。
反射により姿を現すからです。

つまり、どれほどいやがろうとも周囲の光が無ければ存在が示せず、されるがままの弱い立場と言えます。

周囲との関係性を断ち切れば消えてしますのであれば、周囲を無視して我が道を行く事など到底不可能です。

結び


擬人化して情緒的に考えると、暗い話になってしまいました。
もちろん自ら光り輝くのであれば、その存在はとても大きな意味を持てるのですが。

机の上など目の前にある道具の数々は、実はとても悲しい立場にいるかもしれません。

そんな事を思えばこそ、せめて物を大切にしてあげるべきではないでしょうか?
と、まとめてみます。

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