2015年10月16日金曜日

「大人な対応」の害

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何度かTwitterで吐き出しかけてはやめていたことを少々。

毎度ではありますが、思考をまとめるためみたいな内容であまり脈絡がありません。

テーマは、「大人な対応」の害、についてです。

「大人な対応」の気になる点


「大人な対応」といえば、以下のようなイメージでしょうか?

  • 自制の効いた行動
  • 静観
  • 事を荒立てない
  • 前向きに捉える

物事に対する態度としては至極真っ当です。穏やかな社会生活が営めるのでは思いますし、自分のみならず他人にも益のある、あるいは害のない姿勢だと思います。

しかし、実際に外側に現れる行為としては、「放置」や「黙認」と変わらないことが多々あるように見えます。
常に「大人な対応」で良いものなのかどうなのか。

「大人な対応」の害


例えば、無断転載があった場合の「大人な対応」を考えてみます。

「転載されるほど有益なものだという証だから、これぐらいで騒ぐ必要はない。だから何もしない。」
「転載されてこちらが負けるなら、もっと品質の良いものをつくればいい。だからもっと頑張って作る。」

気概や姿勢は結構ですが、転載している側にはなんの脅威にもなりません。ノーリスクで転載を続けられます。

しかも、時間が経てばもっと質の高いものを自分以外の誰かが作るのです。更に質の良いものが転載可能になり、やめるわけがありません。

「オリジナルを作る人がいなくなれば、困るのは転載する側だ」という考えもあるかもしれませんが、転載を積極的に行う人は、獲物がなくなれば別の場所に移動して他の獲物を探すだけでしょう。

オリジナルが絶滅しようが問題はなく、仮に問題があっても実際にじぶんのの足下が崩れるまで気にもしないでしょう。

結び


だからどうしたという内容ではありますが...。「大人な対応」は、状況を黙認し、継続あるいは助長する結果になりえると考えています。

もちろん黙っていることだけが「大人な対応」ではありません。

例えば、法的な力でもって相手に立ち向かうこともあるでしょうし、「自浄作用」などといいつつ、組織とルールを作って違反者を村八分にするなどもあるでしょう。

ただ、こういう行為は致命的な事態が目前に現れなければ生まれないように思えます。

四六時中闘えとか、どんな小さな事柄でも見逃すなとか、ともかく叩き潰せ、とは言いませんし思いません。
例えば、ギスギスギスギスした雰囲気のSNSやブログは楽しくありませんし、ストレスになるだけですし。

とはいえ、致命的な事態になる前にどうにかしたいなら、それなりに低い沸点で拳を振り上げる必要があるのではと思っています。
思っていますが、実際にはどうすればいいのやら...。

補足

一応書いておきますが、「私には何をしてもいいよ」という許可を明示している方は、思うようにしていただければと思います。

実害が及んだ途端に手のひらを返さないでいてほしいな、とは思いますが。

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