2016年1月16日土曜日

検索行為について

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気分転換と思いついたことのメモ程度に更新。別に目新しことはなく、今更の一般論だと思います。

テーマは検索行為について。

検索行為の存続


「検索行為がSNSなどの受動的な部分の拡大で衰退するか?」

と考えた際に、図書館を思い出すとことはある。

例えば、カウンターで〇〇の本は無いかと聞き、紹介されたそれを手に取る場合。

利用者はその本に満足した後で類似の本を探す可能性があり、その際に検索行為(書架ブラウジングを含む)を行うだろう。
他方、利用者の求めに応じた職員の行為は検索行為(頭の中の記憶を探るという行為も含まれる)に他ならない。

となると、誰かが能動的になった場合、どこかの時点で検索行為が発生する可能性は高く、0になるとは思えない。

反面、検索行為から始まる行動の可能性は減少せざるを得ない。もっとも、そもそも検索行為から始まる行動というのは特殊なこと(それこそSEO的な調査とかぐらい?)だとも思えるので、その点では変化は認められないのかもしれない。

検索行為の衰退


対して、基本的に人間は易きに流れる傾向が強く、ひたすらに受動的になり得る可能性が常に存在する。
手間を省き効率化を進めるという感覚を拡大していけば、誰でも可能性がある。

SNSのように常にあらたな情報が提供されつづける状態にどっぷりと漬かっている場合、わざわざ自分でテーマを決めて時間を割いて何かを探すという行為を行う人間はどれほどいるのだろうか。
減少、あるいは少なくとも増加しないのではないか。

となると、能動的になる機会自体が減少し、検索行為が発生する可能性は低くなるように思える。

結び


ダラダラと思いつくままのメモ書きです。特にオチも締めもありません。
Google+の方に書こうかと思ったのですが、長くなりそうだったのでこちらに。結局長くはなりませんでしたが。

実は書いて消した内容に「ユーザーの利便向上を考えすぎて、ユーザーを甘やかしすぎている(受動的な人間にしている)のでは」という部分もありました。
「ユーザーの要求が過度で困る」という原因の一端をサービス提供側が作っているのでは、という話ですが、タイトルからズレる上にまとまらないため削除した次第です。

機会があればそちらのテーマで書いてみたいと思います。

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